物語アメリカの歴史―超大国の行方  猿谷要

様々な国や地域の歴史についてはいろんな出版社から販売されている新書でもよく見かけます。その中でもこの中公新書では国や地域の歴史を「物語」として出版しているところに特色があり、内容は歴史を網羅するような書き方ではなくあくまでもポイントを抑えつつその国の特色やイベント、さらに代表的な人物を「物語」として描いています。
本書もアメリカを「物語」として書いていて、アメリカの歴史をまったく知らない人にもとっつきやすい内容になっています。


さてそのアメリカの歴史ですが、アメリカ大陸はもともと先住民族がいて、その後にアメリカを発見したヨーロッパから多数の移民がやってきます。その中でもイギリスからの移民者が他の国から来た植民者に打ち勝って多数派になり、さらにそのアメリカの移民者を理解できなかったイギリスの統治から最終的に独立を勝ち取ります。1781年にイギリス軍が降伏して、そのあと利害の違う13邦(まだ州になっていない)の利害の調整に8年かかリ初代大統領であるワシントンが大統領になります。つまりアメリカという国が誕生してわずか200数十年ほどになります。


本書で「物語」として語りたいアメリカは奴隷解放や不平等、自由についてのことでしょう。それは単純に著者が人間の不平等に関心があるだけではなく、黒人の奴隷解放や不平等がアメリカにとって常に国内を分裂に陥れる危機にしばしば発展するような問題につながっているからです。アメリカに移住したアングロ・サクソンたちは自分以外の人種差別を強く行って来ました。インディアン・アメリカンに行った強制移住や、南北戦争につながった北部と南部との分裂には常に白人の優位性を確信する人種差別があったのです。アメリカ独立宣言には誰にも自由と平等が保証されるとあるにかかわらず、この矛盾はアメリカ独立時から存在していたのです。
僕が本書を読んで知ったことに、南北戦争後には北部の多くの白人たちも奴隷解放運動に興味をなくしていって、人種差別運動全般が下火になっていたという歴史があったことです。単純に北部が黒人奴隷解放を主張する正義の軍隊で、南部が黒人奴隷を農園で使用する悪の軍隊であるという正義か悪かという見方は典型的なアメリカ的発想である一方、この見方ではアメリカという国を見誤ることになると感じるので注意が必要です。


アメリカは南北戦争を経てアメリカのフロンティアの消滅や、アメリカ経済の興隆を経験します。それによってアメリカに移住しようとする人が従来のアングロ・サクソン系を圧倒する数で増えてきて、その多くの移住者は持つものを持たずにやってきたので非常に貧しい生活を強いられました。一方で儲ける機会をつかんだ人や才能がある人は出世したり、自ら会社を立ち上げて経営して大金持ちになっていきます。これはアメリカン・ドリームという神話がアメリカ的自由と合体した姿といえるかもしれません。

次にアメリカが大きな危機に落ちいるのは1929年10月24日、のちに暗黒の木曜日とよばれる株価の大暴落が始まってからです。半年か1年ぐらいで収まると思われた不況は全世界に伝わり、全生産率は最盛期の3分の2になり失業率は25%にもなりました。この大恐慌で負ったアメリカ経済が完全に復活するのはフランクリン・ローズベルトの政策だけではなく、第二次世界大戦後といわれています。そしてアメリカが完全に超大国と呼べる存在になったのも、その第二次大戦で大量に生産した兵器・軍事力が伴ってからになります。


1950年代のアメリカはまさに順風満帆といえる状態でしたが、世界はアメリカとソ連の間で分割された冷戦に突入します。アメリカは西側諸国の主人公として世界に存在感を示すだけでなく、ハリウッドやミュージックにミュージカルなど独自の分化や生活スタイルを発信しました。ただアメリカの思想的差別が強く問題になったり、傲慢さが見え隠れしてするのもこの時代の特徴でしょう。それが60年代から70年代の間で反発が起こり、様々な分野で爆発していきます。
1960年代から70年代にかけて起こった公民権運動やベトナム戦争に対する反戦運動で、アメリカは若者たちと今までアメリカを支えてきたと自負する人々との対立や、自分たちの人種差別的な要素、抑制的な文化の解放などに真正面からぶつかります。ブラック・パワーがアメリカ社会で発揮され、アメリカは豊かだという考えも実は単純に神話であることが暴露されました。著者はこの時代のアメリカを体験していて、60〜70年代を「アメリカが燃えていた時期」と表現しています。1973年はアメリカがベトナム戦争から撤退した時期であり、さらにオイルショックニクソン大統領のウォーターゲート事件によってアメリカはひとつの節目をむかえます。アメリカ人は自分たちの国に対して自信を失って、アメリカの時代の終わりという本を出版する人まで現れるようになりました。


しかし80年代に俳優だったドナルド・レーガンが大統領に就任してから、再び保守的なアメリカが目標になります。それまでの運動の反動のように宗教が再び重要だと感じる人が多くなり、教会や軍隊に大企業という規模の大きい組織が信頼されるようになります。本書は1991年出版となっているのでこのあたりで終わりますが、アメリカという国はその後金融の自由化や規制緩和と情報技術の発展で再び復活したのは多くの人が知る歴史です。2008年のリーマン・ショックは1929年の大暴落と同じように見えて、アメリカという国は根本では変わってない層があるのではないかと思わされる一冊でした。


物語アメリカの歴史―超大国の行方 (中公新書)

物語アメリカの歴史―超大国の行方 (中公新書)