あなたの身近な「困った人たち」の精神分析  小此木啓吾

普段の生活をしていれば、なんであの人はあんな性格をしているんだろうと思うことは誰にでもあります。人を傷つける言葉を平気で吐いてくる人や、反対にオドオドしている人もいれば、猜疑心のカタマリのような人もいたりして、付き合っていると疲れると感じることもよくあることだと思います。本書ではそんな日常にいる困った人たちのパーソナリティを精神分析しています。つまりミクロな視点から見た精神分析なのです。しかし注意してほしいことは、本書での「性格傾向」と「パーソナリティ」の定義は違うことです。「性格傾向」はある人物の特徴に見られる特有態度などその人の性格を意味していて、「パーソナリティ」はこれらの性格傾向がひとつの心の働きをする人格全体の構造や機能を指しています。この違いを頭にいれていないと本書は読めませんので注意してください。


それでは具体的な「パーソナリティ」のミクロな狂いとはどんな種類があるのでしょうか。本書の「パーソナリティ」をまとめれば以下のようになります。

  • 依存型パーソナリティ
  • 不安定型パーソナリティ
  • 自己愛パーソナリティ障害
  • 演技型パーソナリティ
  • 妄想型パーソナリティ
  • 強迫パーソナリティ
  • サディズム
  • マゾヒスト
  • 境界性パーソナリティ障害


これらの「パーソナリティ」の特徴とその傾向を見事に分析していて、本書を読めば、あの人はああいう「パーソナリティ」なんだなと理解することが出来るでしょう。とくに自己愛パーソナリティについては最も深く分析しているように感じます。自己愛とは、自分を愛し、自分の人生を楽しむことができる活力源になる精神活動です。自己愛パーソナリティの狂いは、人との共感性がなかったり、自分が特別扱いされること当然だと思いこんだり、自分の我欲のために他人を利用するような人間を指すようです。小此木氏は「アイデンティティ-(マイナス)自我理想(集団幻想)=(イコール)裸の自己愛」という公式を自己愛人間を理解する上で使っています。自分自身を規定するアイデンティティに社会や文化を背景とした規律などを差し引いたら、この裸の自己愛があると小此木氏は考えています。そしてこの裸の自己愛が危機に陥った場合に、自己愛妄想型のパーソナリティを持つ人間(ヒットラーなど)に魅了されたり、神秘に惹かれていくのだと言います。


しかし一方で本書を読む際の注意点もあります。文庫が発行されたのは2000年ですが、単行本が書かれたのは1995年なので心理学として時代遅れな感は否めません。今の心理学は脳科学や薬理学を取り込むことによってずいぶん様変わりしていますし、社会心理学統計学を取り込むことで社会科学の色合いが強くなり、小此木氏のようなフロイトを中心にした精神分析社会心理学はすっかり心理学の主流からはずれてしまいました。それなので本書に出てくる様々なパーソナリティ障害の治し方は、あくまでも自己コントロールが中心です。もちろんそれができないから困っているのですが、本書ではそれほど深くパーソナリティ障害を治すことについては語られません。それでもお互い違う「パーソナリティ」の価値観を補ったり、お互いの役割関係を分担することを自覚することは、現在でも日常で役立つ場面がきっとあると思います。