機関車先生  伊集院静

多くの島が浮かんでいる瀬戸内海に葉名島という島がある。その島に建っている小学校に校長以外の教師がいなくなってしまい、校長は必死になって新しい先生を探していた。そしてひとりの教師が見つかるのだが、その教師はあくまで臨時として葉名島に赴任することになった。なぜならその先生には普通の人にはない大きな特徴があったからだ。それは子どもの時にかかった病気によって声が出せなくなってしまったというハンディキャップだった。時代は昭和30年代の設定で、その時代は今よりハンディキャップを持つ人にはずっと暮らしにくい世界だっただろう。しかしこの先生が新しく赴任することによって葉名島に新風が吹き上げることになる。


このようにはじまる「機関車先生」は、その新任の教師に子供たちがつけたあだ名です。「機関車先生」は子供たちと黒板に文字を書いてコミュニケーションを取るだけでなく、先生の行動や先生自身が身にまとっている逞しさや優しさによって子供たちにすぐに信頼されます。しかし「機関車先生」は子供たちとのコミュニケーションによるほのぼの物語ではなく、昭和30年代の空気や日本のムラ社会が持つ独特の様式の中でおきているということを忘れてはいけません。島の誰がお金に困っているや、その人に高利でお金を貸して儲けていたりする、そういう環境の中で「機関車先生」は子供たちに世の中にはつらいことがあっても勇気を持てることや、本当に強いこととは何かということを身体で表現します。ヤクザ者に抵抗するとさらに痛い目に合うので無抵抗で殴られている光景を子供たちはみて「機関車先生」に失望しても、喧嘩相撲や剣道で正面からぶつかって勝っていく先生に、強いということはただ相手を倒すことじゃないことが子供たちに伝わっていきます。


そして最後は著者の伊集院静氏による短いエッセイで本書は終わります。著者は40年以上前に葉名島に一時訪れていて、ある夏の間生活していたようです。そこで病弱な少年だった著者は、島の空気と町のなかで元気になっていったようです。そんな幻と交錯する記憶を持つ著者が書いたこの「機関車先生」には、かつて私たちも体験したある夏の陽炎を見出すことが出来るでしょう。


機関車先生 (講談社文庫)

機関車先生 (講談社文庫)