悪人正機 吉本隆明・糸井重里

いやーすごいおじいさんがいたもんだ。以前吉本隆明氏の「共同幻想論」をとりあげたけど、その内容に圧倒されすぎて、これでいいの?と思ってしまった。今回はもっと地に足がついた話になる。
本書は、糸井重里氏が吉本氏にたずねたいろんな話を編集したものだ。なので本書での語り口は、吉本氏本来の語り口とはちょっと違うし、「悪人正機」とタイトルにあるけれど、実際の「悪人正機」とはほとんど関係ない。しかし吉本氏の話は非常に率直でありながらも含蓄に富んでいて、トピックは抽象的だけどむずかしくない。


吉本氏はしょっぱなから飛ばしている。「生きる」ってなんだ?という問いに「本当に困ったんだったら、泥棒して食ったっていいんだぜ」p15 とくる。これにはちょっと面食らってしまった。私はかつてテレビで、本当に食うに困って泥棒することも考えましたと言った人を見たからだ。それを見て、本当に困ったら私もそう考えるだろうな・・・とぼんやり思った。
吉本氏はこの考えを24歳くらいに聞いたそうだけど、彼の若いときはちょうど戦後すぐにあたる。私たちにとって太平洋戦争は過去の歴史だし、戦後すぐの奇妙な平和もほとんど知らない。その現在において、こういう言葉をサラッと言えるのはかなりスゴイ。それは吉本氏が、混乱と平和の共存する奇妙な戦後を生きてきたからだろうか。


「鈍刀のほうが、実はよく切れるんだぜ」もいい言葉だ。頭が切れる、感覚が鋭敏だ、などは別にいいことでもない。感覚が鈍かったり、ある物事への素質がなかったとしても、そのおかげ(せい?)で鋭敏とは違う方向に転がることもある。だからちょっとでも長所があるなら、そのことを10年続ければだいたい一人前になれるんじゃないだろうか。こんな法則も言われてたりもしますし。


さらに本書のタイトルになった「悪人正機」を説いた親鸞を使って、こんな風にぶっちゃける。

人助けってことに関してなら、それはやっぱり、親鸞の言っていることが完璧じゃねぇかと思ってますね。親鸞は、いかに人間が善意を持って目の前の人を助けようとしても、助けおおせるもんじゃない、と言ってるんです。 p29


吉本氏はこれを友達関係にあてはめる。生死や利害を超えて共にできそうな友達なんてほとんどいない。そういう友達が本当にできればそれにこしたことはないのだけど、いなければそれでいい。人は人生のほとんどを孤独に過ごすんだ。それでいいじゃねぇか・・・と。


吉本氏の言葉はどんどん物事を切っていく。しかしそれを書ききることはできないので、糸井さんの質問したトピックだけ書いておきます。本書に興味をもったならぜひ一読してみてください。

  • 「生きる」ってなんだ? 
  • 「友達」ってなんだ?  
  • 「挫折」ってなんだ?  
  • 「殺意」ってなんだ?  
  • 「仕事」ってなんだ?  
  • 「物書き」ってなんだ?  
  • 「理想の上司」ってなんだ? 
  • 「正義」ってなんだ?  
  • 「国際化」ってなんだ?  
  • 「宗教」ってなんだ?  
  • 「戦争」ってなんだ?  
  • 日本国憲法」ってなんだ?  
  • 「教育」ってなんだ?  
  • 「家族」ってなんだ?  
  • 「素質」ってなんだ?  
  • 「名前」ってなんだ?  
  • 「性」ってなんだ?  
  • 「スポーツ」ってなんだ?  
  • 「旅」ってなんだ?  
  • 「ユーモア」ってなんだ?  
  • 「テレビ」ってなんだ?  
  • 「ネット社会」ってなんだ?  
  • 「情報」ってなんだ?  
  • 「言葉」ってなんだ?  
  • 「声」ってなんだ?  
  • 「文化」ってなんだ?  
  • 「株」ってなんだ?  
  • 「お金」ってなんだ?

悪人正機 (新潮文庫)

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悪人正機 (Καρδια books)

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