255書評-ルナティックス  松岡正剛

唐突ですがこの本は普段小説を読むようにもなっていませんし、学問書を読むようにもなっていませんし、ありとあらゆるジャンルから独立した本です。この本はセイゴオ先生のあらゆる感性を駆使して、月という存在に関連した事象・アート・神秘・神話・科学・未知を編集してひとつにまとめてあります。月は太陽の光によってようやくその存在を地球から望むことのできる存在ですが、その月にすべてをあまねく照らす太陽との微妙な関係や月に隠れた「何か」をそのままえぐり出すように表現しているのがこの「ルナティックス」なのです。とりあえず読書メーターで書評した文章とともに本書を少し覗いてみましょう。


読書メーターコメント
モノリスの月からの信号が今宵もとどいている」 月は不思議な物体だ。なぜなら人によって月の見方が変わってしまうからだ。太陽ではそうもいかない。太陽がもたらすものはいつも強烈で、絶対君主のようだ。太陽の光で月は輝くが、その光は太陽が直接もたらすものとは違い、神秘であり、死であり、復活を意味したりする。月に魅せられ、月下のもとで踊る人達はとっくに狂ってしまっている。そんな月からの信号を受け取るわたしたちは、すでに蝕まれているのだろう。あとは踊りに参加するか、それでもぼんやりと月を眺めるぐらいしかできない。


なにかの暗号のように意味があるような、ないような文章になっていますが、本書を表現しようとすると必然的に抽象的にならざるをえないのです。
本項の最後もやはりわかるような、わからないような表現で月への感情を示すことで終わりたいと思います。


人はいつ月を見つめだしたのだろうか。少なくとも現代の人の形になる前から夜の明かりや潮汐で生物はその存在を体験してきたはずだ。
しかし人間はとりわけ色を識別する。これは他の生物とはかなり違っている。そして月の満ち欠けを調べることによって人工的なリズムをも創りだしたのだ。
月こそ地球にとってもっとも近い星であり、生物達にとっても太陽の届かない時の寄る辺になり、人間にとってはもっとも近い星が実は地球から誕生した星ではなく、さらに少しずつ離れて行っている事実まで知ってしまった。
そう、月こそ太陽と同じぐらい存在の系譜をもっているのだ。
あらゆる月の系譜に愛情をこめて。


ルナティックス - 月を遊学する (中公文庫)

ルナティックス - 月を遊学する (中公文庫)

ルナティックス―月を遊学する

ルナティックス―月を遊学する

「ルナティックス」 目次
・睦月  月球儀に乗って
・如月  遊星的失望をこめて
花月  月がとっても青いから
・卯月  月のタブローは窓越しに
・遊月図集1
・皐月  月は今宵も遠ざかっている
水無月 お盆のような月がでる
・文月  神々はモノリスの月に棲む
・葉月  月の女王の帝国
・遊月図集2
・菊月  熱い月と冷たい月
・神無月 花鳥風月の裾をからげて
・霜月  遠い月の顛末
・極月  今夜もブリキの月が昇った
・あとがき
新月  われわれはいかにして月をめざしたか
月神